新聞に求められてるもの

この記事は約2分で読めます。

とある増田と沖縄の新聞についての一連のつぶやきに反応。

やっぱり僕は2chのニュース速報を見てしまう

Togetter – 「@mikesekineさんが沖縄の新聞に冴えたつぶやき」

「私はこう思う」がみんながみたいもの、だと思ってる。背景とかコンテクストまで共有したいし、「ガチ」なものがほしくなりますよね。私もそうですし。
そうすればもっと深いところまで話ができるし、考えることができる。
だから、自身と同じような受け止め方をしてる人にはぜんぜん知らない人でも共感するし、反応してコメントしたりもする。



新聞にもオピニオン載ってはいるんだけど、自分の理解が浅い方面のものだと読んでも消化不良でもやもやしちゃうんですよね。
一連の記事のコンテクストは毎日読んでればわかるはずって書く側は思ってるし、読む側は世の中の真実が中学生にもわかるように書かれてると思ってる(誇張含む)から、途中から入ってきた人は「えっ」ってなる。その小さな「えっ」の積み重ねがマスコミの大好きな「若者の新聞離れ」につながってるんじゃないかな。だからそこはメディア側が今より近づいていくべきだよね。
お金を落としてもらいたかったら思考停止してるひまはないよ。

事実を伝えるだけのメディアでも生活のなかでなにかしらのトリガーの1つにはなってるじゃない。
増田の主しかり、@mikesekineさんしかり。あ、このエントリーもそうか。

みたいなことを考えた。
以上、「デイリー基地問題」にぐっときたお話でした。

タイトルとURLをコピーしました